ガイウス・ユリウス・カエサル
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(カエサル から転送)
ガイウス・ユリウス・カエサル (紀元前100年 - 紀元前44年)は古代ローマの軍人・政治家・独裁官。養子オクタウィアヌスは後にローマの初代皇帝となった。
目次 |
[編集] 出典の確かな引用
- 全ガリアは三つの部分に分かれる。
- "Gallia est omnis divisa in partes tres."
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- 『ガリア戦記』第1章冒頭。
- そのすべてのうちでベルガエ族は最も強壮である。
- "De omnis Belgae fortissimi sunt."
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- 『ガリア戦記』第1章。ベルガエ族は現在のベルギーに住んでいたガリア人の一派。この行はベルガエが現在のフランスに住む同族に比べて、文明から遠ざかっていることを意味する。このことをカエサルは次の行で説明を加えている。
[編集] カエサルに帰せられるもの
- 来た、見た、勝った。
- "Veni, vidi, vici."
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- 紀元前47年、ファルナケスをゼラの戦いで破った後の元老院への報告。
- 賽は投げられた。
- "Alea jacta est."
- 明日読もう。
- "Cras legam."
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- 暗殺される当日の朝、暗殺計画を警告する文を渡されての言葉。
- フィリピで再会しよう。
- "Philippis iterum me videbis"
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- 文字通りには「フィリピで君は僕に会うだろう」。暗殺者であるマルクス・ユニウス・ブルートゥスにいったとされる。フィリピはマケドニアの古代都市。
[編集] 出典未確認のもの
- 忍耐をもってよく苦痛に耐える男を見つけるより、喜んで死ぬ男をみつけるほうが容易である。
- 人は好んで己が欲するものを信じる。
- "Libenter homines id, quod volunt, credunt."
- 私は助言を愛す、しかし助言者を憎む。
- どんなに悪い事例とされていることでも、それがはじめられたそもそもの動機は、善意によったものであった。
- 私は神(王)ではない。カエサルである。
[編集] カエサルのものとされるが正確さまたは確からしさに欠けるもの
- おまえもか、ブルートゥスよ、私の息子よ
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- "Tu quoque, Brute, fili mi"
- ウィリアム・シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』では "Et tu, Brute"(ブルータス、おまえもか)。カエサルの最後の言葉とされる。しかし実際にそれが何であったかは不明。スエトニウスによればギリシア語で「Kai su, teknon(そしてお前、(わが)子よ)」(『ローマ皇帝伝』「神君ユリウス」82)といったという。

