ガイウス・ユリウス・カエサル

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ガイウス・ユリウス・カエサル (紀元前100年 – 紀元前44年)は古代ローマの軍人・政治家・独裁官。養子オクタウィアヌスは後にローマの初代皇帝となった。

出典の確かな引用[編集]

  • 全ガリアは三つの部分に分かれる。
    Gallia est omnis divisa in partes tres.
    『ガリア戦記』第1章冒頭。
  • そのすべてのうちでベルガエ族は最も強壮である。
    De omnis Belgae fortissimi sunt.
    『ガリア戦記』第1章。ベルガエ族は現在のベルギーに住んでいたガリア人の一派。この行はベルガエが現在のフランスに住む同族に比べて、文明から遠ざかっていることを意味する。このことをカエサルは次の行で説明を加えている。
  • 人は好んで己が欲するものを信じる。
    et quod fere libenter homines id quod volunt credunt.
    Libenter homines id, quod volunt, credunt.
    『ガリア戦記』第3巻18節 というのも、たいてい人間は(自分が)欲することを喜んで信ずるからである。

カエサルに帰せられるもの[編集]

  • 来た、見た、勝った。
    Veni, vidi, vici.
    紀元前47年、ファルナケスをゼラの戦いで破った後の元老院への報告。
  • 賽は投げられた。
    Alea jacta est.
    ガリアとローマの国境である小さな小川のルビコン川を渡った際にギリシャ語でいったとされる言葉。元老院の許しなく軍隊を連れ、国境を越えてローマに入ることは、ローマへの侵略ならびに反乱とみなされる行為であった。なおこれはプルタルコス『ポンペイユス伝』60でメナンドロス劇の台詞のギリシャ語の引用"ἀνερρίφθω κύβος"(賽を投げてしまえ)であるとされるが、『オクシリンコス・パピルス』アリストパネスの断片673にこの語句があり当時の慣用句であったと推測される。
  • 明日読もう。
    Cras legam.
    暗殺される当日の朝、暗殺計画を警告する文を渡されての言葉。
  • フィリピで再会しよう。
    Philippis iterum me videbis.
    文字通りには「フィリピで君は僕に会うだろう」。暗殺者であるマルクス・ユニウス・ブルートゥスにいったとされる。フィリピはマケドニアの古代都市。

出典未確認のもの[編集]

  • 忍耐をもってよく苦痛に耐える男を見つけるより、喜んで死ぬ男をみつけるほうが容易である。
  • 私は助言を愛す、しかし助言者を憎む。
  • どんなに悪い事例とされていることでも、それがはじめられたそもそもの動機は、善意によったものであった。
  • 私は神(王)ではない。カエサルである。

カエサルのものとされるが正確さまたは確からしさに欠けるもの[編集]

  • おまえもか、ブルートゥスよ、私の息子よ。
    Tu quoque, Brute, fili mi.
    ウィリアム・シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』では"Et tu, Brute?"(ブルートゥス、おまえもか)。カエサルの最後の言葉とされる。しかし実際にそれが何であったかは不明。スエトニウスによればギリシャ語で"καὶ σὺ τέκνον;"(おまえもか、こどもよ)(『ローマ皇帝伝』「神君ユリウス」82)といったという。