毛沢東

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毛沢東 (1893年 - 1976年)[編集]

毛 沢東(もう たくとう)は中国の政治家・思想家。中国共産党の指導者で中華人民共和国の建国者。


記されたもの[編集]

  • 私は日本の友達と対談した。彼らは言った。「日本帝国の軍隊が中国を侵攻したことを遺憾に思う。」私は彼らに言った。「いいえ、もしあなたの帝国軍が中国の半分を占領しなければ、中国の人々はあなたに対して団結しなかっただろうし、我々は今日政権を握っていなかっただろう。」
    "「我曾经跟日本朋友谈过。他们说,很对不起,日本皇军侵略了中国。我说∶不!没有你们皇军侵略大半个中国,中国人民就不能团结起来对付你们,中国...就夺取不了政权!」"
    日本社会党佐々木更三・黒田寿男・吉川兼光訪中団との会談(1964年7月10日)
  • 一些わずかの同志は日本が地をむるところ少くばそのほどものであり、のちさい來たりて統一認識することを認為かんがえてゐる:日本が多く地をむるところ,才が國を愛さしめ。否則さもなくば便すぐかわりて蔣介石の國を愛してしまふ。國の中は蔣、日、我、三國こころざしの國を有す。」
    「一些同志認為日本占地越少越好後來才統一認識讓日本多占地才愛國否則便成愛蔣介石的國了國中有國蔣日我三國志.」
    1959年廬山會議での発言。『廬山會議實錄』より

非公式に語ったとされることば[編集]

  • 雨は降るもの、後家は嫁に行くもの。しかたがないだろう。林彪が逃げたければ、行かせてやるがいい。撃ってはならぬ。
    天は雨くだすをもとめ,娘は人に嫁ぐをもとむ。す法あらざるでしょう。林彪がにげるをもとむは,他に随いぬことでしょう。打つことをもとまず。
    天要下雨,娘要嫁人。没办法吧。林彪要跑,随他去吧。不要打。
    林彪事件に際して。李志綏『毛沢東の私生活』所収。
  • 私は右派と取引するのが好きなのだよ。右派は本音でものを言う。左派のように心と口が違い、言うこととすることが違うということがない。
    我は右派とともない交道を打つことを喜歡す。右派は実話を話す。左派の心口不一、はなことおこなことが不一様であることとておらず。
    我喜欢跟右派打交道的。右派讲实话。不像左派心口不一,说的和做的不一样。
    ニクソン米大統領訪中に際して。李志綏『毛沢東の私生活』所収。
Wikipedia
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