荘子

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莊子(紀元前369年 - 紀元前286年)[編集]

戦国時代の思想家。老子の説を継ぐと言われる。『莊子』を書き著した。

莊子内篇[編集]

逍遙游篇[編集]

  • 北冥に魚あり、その名を鯤となす。鯤の大いなる、その幾千里なるを知らず。化して鳥となる、その名を鵬となす。鵬の背、その幾千里なるを知らず。怒りて飛べば、その翼は垂天の雲のごとし。この鳥や、海の運くとき、すなわちまさに南冥に徒らんとす。南冥とは、天池なり。
    北冥有魚 其名爲鯤 鯤之大 不知其幾千里也 化而爲鳥 其名爲鵬 鵬之背 不知其幾千里也 怒而飛 其翼若垂天之雲 是鳥也 海運則將徙於南冥 南冥者 天池也
  • 天の蒼蒼たるは其れ正色なるか、其れ遠くして至極する所なければか。
    天之蒼蒼、其正色邪。其遠而無所至極邪。
  • 至人に己なく、神人に功なく、聖人に名なし。
    至人無己、神人無功、聖人無名。

齊物論篇[編集]

  • 道はいづくにか隠れて真偽有る。言はいづくにか隠れて是非有る。道はいづくにか往くとして在せざらん。言はいづくにか存して可ならざらん。
    道惡乎隱而有眞僞 言惡乎隱而有是非 道惡乎往而不存 言惡乎存而不可
  • 古の人は、其の知に至る所あり。いづくにか至らん。以て未だ始めより物あらずと為す者あり。至れり尽くせり、以って加うべからず。
    古之人 其知有所至矣 惡乎至 有以爲未始有物者 至矣盡矣 不可以加矣

人閒世篇[編集]

  • 汝は夫の螳螂を知らざるか。其の臂を怒らして以て車轍に当たる。其の任に勝へざるを知らざるなり。其の才の美を是とする者なり。之を戒め之を慎めよ。なんじの美なる者を積伐して以て之を犯すは、幾(あや)ふし。
    汝不知夫蟷螂乎 怒其臂以當車轍 不知其不勝任也 是其才之美者也 戒之愼之 積伐而美者以犯之 幾矣

大宗師篇[編集]

  • 天の為す所を知り、人の為す所を知る者は、至れり。天の為す所を知る者は、天にして生くるなり。人の為す所を知る者は、その知の知る所を以って、以ってその知の知らざる所を養う。
    知天之所爲 知人之所爲者 至矣 知天之所爲者 天而生也 知人之所爲者 以其知之所知 以養其知之所不知


秋水篇[編集]

  • 井蛙以って海を語るべからず、虚に拘めばなり。夏虫は以って氷を語るべからず、時に篤ければなり。曲士は以って道を語るべからず、教に束わるればなり。
    井鼃(蛙)不可以語於海者拘於虛也、夏蟲不可以語於冰者篤於時也、曲士不可以語於道者束於教也

外部リンク[編集]