菅原孝標女

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[編集] 菅原孝標女(1008年 - 1059年?)

すがわらのたかすえのむすめ。平安時代の貴族。本名は伝わらず、父の名前をもって呼び名とする。菅原道真の六世の孫にあたる。

  • 東路の道の果てよりも、なほ奥つ方に生ひ出でたる人、いかばかりかはあやしかりけむを、いかに思ひ始めけることにか、世の中に物語といふもののあなるを、いかで見ばやと思ひつつ、つれづれなる昼間、宵居などに、姉・継母などやうの人々の、その物語、かの物語、光源氏のあるやうなど、ところどころ語るを聞くに、いとどゆかしさまされど、わが思ふままに、そらにいかでかおぼえ語らむ。- 『更級日記』
    • 冒頭。「奥つ方」とは常陸国。このとき父が受領として赴任していた。
  • 源氏を一の卷よりして、人も交らず、几帳のうちにうち臥して、ひき出でつつ見る心地、后の位も何にかはせむ。 - 『更級日記』
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