Wikiquote:ウィキクォートの歴史

出典: フリー引用句集『ウィキクォート(Wikiquote)』
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ウィキクォートWikiquote)はウィキペディアの姉妹プロジェクトです。2003年6月27日にスタートしました。

立ち上げの頃[編集]

最初は(当時は使われていなかった)ウォロフ語ウィキペディア用のドメインで始まり、翌月7月10日、専用ドメイン quote.wikipedia.org、ついで専用ドメイン wikiquote.org ウィキメディアのサーバにおかれました。

最初は英語だけでしたが、フランス語やドイツ語の引用集も作られるようになり、言語ごとに独立することが話し合われるようになりました。

その結果、発足から一年後の2004年7月に、wikiquote.org は言語ごとのサブドメインに分割されました。70ほどの言語が用意されました。日本語版ウィキクォートもこのときにスタートしました。

日本語版では、当初、姉妹ウィキペディアでのユーザー名を第三者によって登録されるといういたずらがあり、少し混乱がありましたが、8月上旬には収拾され日本語版の活動がスタートしました。

発展[編集]

2004年12月31日現在で、日本語版には100の引用句集とのべ101個の登録アカウントがありました。このなかには上記のいたずらの際に取得されたアカウントも含まれているため、実際にいたユーザはそれよりはやや少ないと思われます。当時、ウィキクォート全体では、26言語、引用集の総数はほぼ 6,700ページがありました。

2005年3月下旬に、ウィキクォート全体で1万項目に達しました。月に2つ、3つの割合で、活動する言語プロジェクトが増えつつあり、2004年6月には、活動中のウィキクォートの数は、30を越えていました。利用者も増え、2004年6月にはAlexa.comのアクセスランキングで5千位以内に入りました。

2006年には全言語版総計で5万記事に達しました。また英語版は2007年5月に単独で1万項目に達しました。

課題[編集]

2005年秋、フランス語版ウィキクォートに関して、あるウェブサイトから著作権を侵害しているとの抗議が財団に対してなされました。指摘されたページが著作権侵害であると指摘されました。ほとんどが数百年前の著者の引用で、パブリックドメインでしたが、内部調査の結果、そのサイトの独自のフォーマットなどをそのまま流用しており、大量のコピーが行われたと認定されました。

財団とウェブサイトは、コンテンツの全削除を条件に和解しました。2006年4月1日、フランス語版ウィキペディアはコンテンツを削除され、閉鎖されました。財団から示された再開の条件には、著作権に関するガイドラインを整備することなどが挙げられました。有志が熱心に作業した結果、2006年12月にプロジェクトは再開されました。現在、フランス語版では出典の不明な引用は一切認められていません。引用した書名、ページ数を含めた詳細な出典情報が必須とされています。

また同様の懸念から、ドイツ語ウィキペディアでは、生存中の人物を含め著作権保護期間にある著作者からの引用はすべて出典を義務付け、そうでない著作者についても出典のない引用の数を5つまでと制限しています。

2007年3月には財団のライセンシング・ポリシーが導入され、テキストのフェアユース引用を認めているプロジェクトでの対応が協議されています。

関連項目[編集]

他言語のウィキクォートについては多言語プロジェクトとしてのウィキクォートもご覧ください。またマイルストーンなどは随時Wikiquote:ニュースでも紹介されます。

ウィキクォート・プロジェクトについての更なる情報は、ウィキペディアの項目ウィキクォートをご覧ください。