中野與之助
表示

中野 與之助(なかの よのすけ、1887年8月12日-1974年6月24日)は、日本の宗教家と三五教開祖。
発言
[編集]世界救済の大道
[編集]- 人とは如何なるものかを解釈すると辞典には、「動物中最も進化し、最もすぐれたもの。言語・思想・理性の性能を有するもの」とある。これは唯體的・学問的な解釈である。精神的に解すると、人は宇宙意思が元で御祖の神の生みませるものであるから、先ず御祖の大精神を理解して、人類の意義を深く理解することが大切である。天地間に萬物・萬生を孕み給うも、目に見えない気形透明体の中に自然の養素があって御祖の御意思、即ち宇宙意思により地上に萬物の生命が宿るものである。大空間に御祖の神が御生みなされる業は精神産業であるが、地上に體的物質的に生まれる時は、産業精神といっている。人の目に見えない気形透明体に萬物の生命養素があって精神産業せられているが、これを解釈して人に判り易く説明したくても説明する言葉がない。より以上に人の精神が向上すれば自然に言葉が生まれるものと思う。今としては宇宙間に生物を孕み給うて地上に生まれたものを人類と解釈しているのである。人類萬物は大自然の力によって生まれたものであるから、精神的に解釈することが最も正当である。體的には人間の父母によって生み育てられるが、精神的には人の目に見えない陰の御守護によって生命を与え、空気・意気を送り、生きる力を与える宇宙御祖の神の御存在を忘れてはならぬ。
- 「人類の真意義」 (昭和四十年十二月発行)
霊界で観た宇宙
[編集]五巻 天文
[編集]- 霊界で観れば地上に働き居る人の姿は霊界に鏡の如くに写り、総てその人の精神を現わす。霊界には偽りも正しきも皆写る。霊界に一つの物事が顕われれば現界に現れる。それで現界を現世という。神を鏡とするのはこの意味で、人は天命によって生まれ来た神の分霊・分體であり、生まれながら神より魂を賦与される。故に人は萬物の霊長という。その霊長は宇宙の霊魂となる。宇宙大精神に基づいてわれ等の使命を果たすのがよい。神の大御意に副い奉ってこそ人生の意義がある。
- 「神は鏡」 (昭和四十一年二月発行)
七巻 霊・神・人
[編集]- 人間には霊と魂がある。魂は人が生まれた時より個人に天性自然に賦与された。只の一人も魂のない人はない。魂がないと死人と同じである。霊は神霊の霊である。個人の魂が宇宙の御神霊と和合するを霊魂という。即ち神人合一のことである。精神的をハッキリするには宇宙大精神の神霊に通うて、われ神也と自信をもって神に成りきることである。霊がなければ精神も神もない。魂がなければ體はない。霊魂は人の元祖であるから最も大切である。神の御精神よりわれ等に分霊として与えられる。斯様なことを教えるを宗教という。人間はこの霊魂の与え主である御祖の神を知るのがよい。霊魂の理解があって宇宙根源の神を知る。生きた宇宙大精神を知ることが人間が己を知ることである。霊魂を知ると宇宙の霊の源を知る。これを人生を知ったという。人間が生まれると同時に神より授けられた魂の働きの一端を述べる。うまれて直ぐに目も見えず、分別もなき嬰児が乳を要求し、熱き物に触れれば、泣いて知らせる。斯様にわが身を擁護するは魂の働きであり、個人の満足を求める働きをする。
- 「霊魂は人の元祖」 (昭和四十一年四月発行)
- 神霊の世界を大精神界という。宇宙大自然の霊力の働きを神という。宇宙を司る自然の霊力の働きは名前もなく名称もつけ難い。人間界と自然界とは異なる。人を霊界で観るならば、神霊元子が網の如くに交叉状になって纏まり、一人の人が構成される。多少にも修行があって、知識を超越し、わが意志を用いず、精神的に神の御意思の儘、素直に霊界に進んで観るならば、萬事微細に霊線が網の如くに陰・陽に働き、絡まって一つのものが纏まっている姿に実に驚くの外はない。宇宙の神霊元子が働いて萬物に力を与えて、生命を支配するは神の御働きである。天地萬物の大精神を霊界で眺めれば、余りにも広大であるから何とも話しきれない。霊智霊覚者が霊界を観て説くところを、萬人はその儘承知することが一番簡単である。霊界を眺めれば偉大なことを知る。精神的に御神意に通じて宇宙をわが家と心得て神と共に生活する大度量が起こるもので、これで神の大精神より萬事の教を引き出して地上に神の御意思を取り次ぐのである。霊界をきわめれば神の大精神へ到達する。人は神に操られておることを知る。神の大精神に基づいて生活すれば、宇宙という家に住むことが明章となる。宇宙の御意思を大教育して教え、人に霊を鎮めて神の御意思に基づいて活動するのが神の御意の現れである。霊界を知らずして嘴を入れるのは精神的に罪を作る。この理をよく味わうことが大切である。〝宗教なくして一物もなし〟という一言に事は尽きる。
- 「宗教なくして一物もなし」 (昭和四十一年五月発行)
- 人は體を持ち、心即ち精神は神に通じ、心と神と一體になるだけの霊力を与えられる素質がある。この故に霊力を与えられると人は大きく活躍する。死ぬことは體が亡くなるだけで、その人の霊魂(正しくは幽魂)は不滅である。霊の中には四魂、即ち荒・和・幸・奇の四魂がある。四魂が完備して霊という。四魂の働きは霊の働きである。その働きを人の精神できわめることが霊という。人は生まれながらにして魂を天賦的に授けられて肉體を擁護するが、精神向上するにつれて霊を招いて霊と魂との陰陽が心の中に一體となって活動する。
- 「霊魂と幽魂」 (昭和四十一年五月発行)
- 霊は総て宇宙霊界に属しているもので、人間が宇宙霊になりきることはない。體を持った人間はあくまで體的世界に属するもので、霊になりきれるものではない。體を持った人間はあくまで體的世界に属するもので、霊になりきれるものではない。実際に霊を身に修めて霊魂完備することはない、というのが本当であるが、現界では霊魂という言葉をごく当たり前に使い慣れているので混同し易い。真の霊の尊さを知ることが大切である。霊魂は幽魂と呼ぶのが本当である。
- 「霊魂と幽魂」 (昭和四十一年五月発行)
- 幽魂が肉體を去れば、あの世に逝く。あの世に逝くとは神世である。霊界も幽界も神が造られた世なる故、神世という。神は人を地上に造り、死後も幽魂となって活動する。死んで幽界へ逝く時は、魂は人の目に見えない精神の體である。その精神的の體と修行によって霊が一結した時を霊魂という。幽魂から霊魂に進む修行は容易ではなく、大生命の教により浄化して幽界・中幽界を経て霊に至るまでの道は、至貴至尊の修行の道である。
- 「霊魂と幽魂」 (昭和四十一年五月発行)
九巻 精神産業と産業精神
[編集]- 生命とは生きるを命ずと書き示してあるが、一体誰が命ずるのか。人類萬物の生命の祖は大生命であり、宇宙森羅萬象悉くを司り統率し給う宇宙意思の命ずるところに従って、大生命の路線上に宇宙産業の産物として生み出されたのが、人類はじめ萬物であることを知らねばならない。
己の姿が鏡に映るように、人が己に似た子を世に生まれしめるように、人類は宇宙をうつし、宇宙の縮図である體を与えられて生活しているのである。人の體は宇宙の真理に出来ているのである。人の生まれるにしても、たとえ肉體の父母があるとはいえ、人の力だけで生命を造り生み出すことは出来ない。宇宙造化の力が母胎内に経綸作用を起こして、胎児が発育する力を与えられるのである。母體を離れて地上に生み落とされた後は、直接に大生命・大精神に結ばれて生命の道を守るのである。天地の厚徳に守られて生まれた後は、大空の育てによって発育し、體的教育に先行して天地宇宙の教を精神教化することによって、次第にその人の生命線は強く大生命に繋がれて正道を歩むようになるのである。- 「生命の道」 (昭和四十一年九月発行)