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'''[[w:江沢民|江沢民]]'''(こう たくみん、1926年8月17日 - )は、中華人民共和国の政治家。鄧小平引退後の中国の最高指導者で、中国共産党中央委員会総書記、中国共産党中央軍事委員会主席、中華人民共和国主席、中華人民共和国中央軍事委員会主席を務めた。
[[File:Jiang Zemin at Hickam Air Base, October 26, 1997, cropped.jpg|thumb|1997年10月26日,ヒッカム空軍基地で]]
 
==スローガン==
===「[[w:3つの代表|三つの代表]]」===
中国共産党は、以下を代表すべき、とするもの
*中国の先進的な社会生産力の発展の要求
*中国の先進的文化の前進の方向
*中国の最も広範な人民の根本的利益
*: 2000年2月25日、広東省高州市への視察にて<ref>{{cite news |author = 人民日报-人民网 |title = “三个代表”的科学含义是什么?|url = http://cpc.people.com.cn/GB/64156/64157/4418474.html|newspaper = [[人民日报]] |date=2013-07-02|accessdate = 2013-10-28}}</ref>
 
==発言==
===上海消防事務会議===
*弊害は明火より険しく、予防は救助より良く、責任は泰山より重い
:: 1986年10月13日、時任上海市長の江沢民は市消防事務会議で即興でこのことを言い、予防の考え方を強調した。<ref>[http://news.sohu.com/45/96/news147129645.shtml]</ref>
 
===朱鎔基の講演に口出し===
*朱鎔基同志よ、この記者会見は中央指名の市長候補として行っていただいたので、朱鎔基同志がおっしゃったこの言葉は原則上では問題ないだと思います。
:: 1988年3月30日、时任上海市委員会副書記、市長候補の朱鎔基は上海市代表団の責任者として、全人代記者会見を行った。その際、報告で朱鎔基に問い詰める代表がいて、江沢民は朱鎔基の説明に口を挟んだ
 
===朱鎔基の食べ方===
*朱:わしは焦ってる…えっと…リーダーの才能と本質が不足してるんだ。うっうん…えっ…慌てて目標を達しようとして、部下への要求も性急すぎて、限度以上厳しく叱ってしまったんだ。この…えっと…こと点についてはわしはよく沢民同志に見習うべきだ。うっうん。
*江:この点ではわしも同じだ。(スピーカーを掴んで)この点については私は鎔基同志と同じで、共通の性格だ。
*朱:なら君のほうが良いだよ。
*江:いいえいいえ、悪気じゃなく、朱鎔基は上海市長に当選。個人言い放題だけだ。''上海人が言う「食べ方が悪い」、実は言い方だよ。''
:: 1988年、履歴を紹介するほか、自己反省もした江沢民は口を挟んだ<ref>[https://www.youtube.com/watch?v=_RF49A56His]</ref>
:: <small>註:イタリックは上海語。</small>
 
===上海交通大学100年創立記念日===
*今の専門には、政治が大きな割合を占めている。政治というのは広範な大衆を配慮しなくてはならない。<br />
*人は、どんな位置に立っても、過去自分を育った母校を思い出さない訳にはいかない、忘れられてはならない、これは思うに中外が一律だ。特に中国にとって、我々は先生や母校を尊重する、これを重視している訳もある。
:: 1996年4月8日、江沢民は[[w:上海交通大学|上海交通大学]]の創立100周年にて発表した感想<ref>{{cite web|url=http://v.youku.com/v_show/id_XMTU4ODE0Njg0.html |title=y404 |publisher=V.youku.com |date= |accessdate=2017-09-04}}</ref>
 
===中央軍委主席を退任 ===
*今日皆さんと会いに来て、大喜びを感じています、三言を言います!<br />
::一つ、中央委員会が私の辞表を受け入れて、心より感謝します!<br />
::二つ、この数年間、同志の皆さんが私への支持と援助に、心より感謝します!<br />
::三つ、皆さんが胡錦涛同志を総書記とする党中央の指導で努力して働き、進み続くと望んでいます!<br />
*我が党の事業が必ず絶えず更なる勝利を勝ち取れると固く信じています!<br />
:: 2004年9月19日、中央軍委主席を退任した後、胡錦濤とともに中国共産党第16期四中全会代表にて発表した談話<ref>{{cite news|title=胡锦涛江泽民会见四中全会全体同志并发表重要讲话 |url=http://news.xinhuanet.com/newscenter/2004-09/19/content_1995619.htm}}</ref>
 
===中国聯合工程公司への視察===
*この engineering drawing、数年間からす口の筆を使ってたことがある。一番苦しかったのは、インクをペン中に入れて、トレースする時にすうっと(インクが漏れた)…そして刃で削ること。これはトレースした時にの一番苦しいことで、しかもその効率、efficiency も…
*わしの経歴は、上海に着いて、89年の年初の頃、そろそろ退職の年がきたと考えて、教授を務めるつもりであった。そして、ワシが朱物華校長、張鐘俊院長に報告を出した。「大歓迎、だが Apply for Professor なら、報告会をしなきゃ」とその方たちが返事してくれたから、「エネルギー発展動向に主な省エネ措置について」という報告をさせてもらた。この報告を何百名の教授に全票通過されたんだ。上海交大の教授になったあと、もう一つの報告をした。それはマイクロエレクトロニクス工業の発展についてのものだ。二編が発表された後、ほどなく、1989年の5月31日、北京の方がワシを北京に転勤させた。この報告を発表したから、いままでもおよそ20年を経た。去年、交大の学報で、ワシが二編の文章を発表した。それは89年のこの報告に呼応するために。特に昨夜、彼らはまたその第二編の報告、ワシがこの十数年間に電子工業部、上海市で書いた情報産業化についての全ての文章、あわせて二十七編を…他のあげ物も用意してないが、これらを持ってきた後で、銭秘書にこれらの学術誌二冊、と学術誌二冊の英語版、ここに洋語が上手な方がかなり多いだから、英語版、そしてさっき言ったその二冊の本、また昨夜出版したこの本を、郭偉華同志を通って、紀念として君たちに贈る。
*人が知らない、自分では予測できない。ある人の運命は、もちろん自分が奮闘するのも大事だが、歴史の歩みも考えるべきだ。ワシが全然に知らなかった、なぜ上海市委書記とするワシが北京に選ばれたこと。だから、鄧小平同志がワシに相談なさって、「中央はもう決まった。総書記にしよう」って。「どうか別の方にお尋ねください」と。ワシも本当に謙虚してない。ただの上海市委書記が北京に選ばれたのはなぜか?けれど、小平同志は「みんなはもう検討済みだから」とおっしゃった。後、ワシは二首(語弊、正確には「二句」)の詩を吟じた。「{{ruby|苟|いやし}}くも国家に利すれば生死を以てす、{{ruby|豈|あに}}禍福に{{ruby|因|よ}}りて{{ruby|之|これ}}を{{ruby|避趨|ひすう}}するや」<small>(<font lang="zh">苟利国家生死以,岂因祸福避趋之</font>/国に利することであれば命をかけて行う、自分の禍福を理由にそれを避けたりなどしない)</small>って。だからワシが北京に来た。
:北京に来て働いたこの十数年間、別のこともない、だいたい三つ、
::一つ、[[w:社会主義市場経済|社会主義市場経済]]を確立した。
::二つは、[[w:トウ小平理論|鄧小平の理論]]を[[:zh:w:中国共产党章程|党の規約]]に加えた。
::三つは、みんなが知てる「[[w:3つの代表|三つの代表]]」
:他の何か成績があれば、軍隊のビジネス行為を一切禁止したこと。これは軍隊の運命に大きな関係がある。ワシはあとでまた一年あまり八か月間務めた。つまり軍隊で十五年間の中軍委主席を務めた。あと九八年に洪水と戦ったのも大変だった。しかしこれらも副次的だ。ワシがしたのは主に三つしかない。慙愧に堪えない、微々たるものをしただけで。どうも。
*これ、ワシが使ったのか?由さんよ、現在彼らが使ってる印鑑の中でこの印鑑はないはずだなあ。こういうもの知らなかった…二院のアーカイブ事務は素晴らしいということだね。
*(揮毫の時)再び(元設計二分局に来る)、いや、元設計二分局に帰る。あとは「即ち中国…」、あいや、「{{ruby|今|こん}}中国聯合工程公司」
:君たちがやってくれたこの本は、Excited!
:: 2009年4月23日、中国聯合工程公司への訪問にて、退任した江沢民の発言<ref>[https://www.youtube.com/watch?v=t3KRXXAcg0g]</ref>
:: <small>詩の出典は林則徐『赴戍登程口占示家人』</small>
 
== 訪問 ==
 
===1998年訪日===
*率直に言うと、列強の中で日本は中国に対して最も重大な被害を与えた国だった。
*はしばしば歴史の事実を否定、わい曲するような動きがあり、中日関係の発展を阻害してきた。軍国主義は両国人民の共通の敵だ。
*: 1998年11月26日、日中首脳会談にて<ref name="1128a">{{cite news |language = ja |author = |coauthors = |url = |title = 東京朝刊 |publisher = 読売新聞 |pages = 2頁 |date = H10.11.28 |accessdate = }}</ref>
*不幸なことに、近代史上、日本軍国主義は対外侵略拡張の誤った道を進み、中国人民とアジアの他の国々の人民に大きな災難をもたらし、日本人民も深くその害を受けました。
*: 1998年11月26日、宮中晩餐会にて、江沢民の答辞<ref>{{cite news |language = ja |author = |coauthors = |url = |title = 東京朝刊 |publisher = 読売新聞 |pages = 5頁 |date = H10.11.27 |accessdate = }}</ref>
*前世紀末から日本軍国主義がいく度も中国を侵略する戦争を起こし中国人民に巨大な損害をもたらした。歴史を教訓とし悲劇の再発を防止してこそ、友好を発展させることができる。
*: 1998年11月27日、首相主催の晩餐会にて<ref name="1128a" />
*日本では一部の人たち、それも高い地位にいる人が常に歴史をわい曲し侵略を美化している。
*日本は歴史に対し責任を取る態度で、間違った言論と行動を抑制し、正しい歴史観で若い世代を教育べきだ。
*: 1998年11月27日、記者会見にて<ref>{{cite news |language = ja |author = |coauthors = |url = |title = 東京朝刊 |publisher = 産経新聞 |pages = 5頁 |date = H10.11.29 |accessdate = }}</ref>
*1894年の甲午戦争(日清戦争)のあと、中国の領土台湾を侵略、占領しました。また、1905年の日露戦争のあと、日本は中國の旅順と大連を一度占領したことがあります。二十世紀三十年代から、日本軍國主義は全面的な対中國侵略戦争を起こし、その結果、中國は軍民三千五百万人が死傷し、六千億ドル以上の経済的損失を蒙りました。この戦争は中国人民に大きな民族的災難をもたらし、日本人民もそれによって少なからぬ害を受けました。歴史の証人として、私はみなさんより若かった頃、国土の喪失、民族の危急存亡という苦痛を自らなめましたので、この史実を若い世代に話して聞かせる責任があります。また、長年中日友好に関心を寄せ、それを支持してきた年長者として、私は戦後両国が敵対から友好へ、干戈化して玉帛となる過程を目の当たりにし、平和友好の貴さをよく知っています。
*中日友好に有利なことは、全力をあげてやらなければならず、中日友好に不利なことは、絶対にやってはなりません。こうすれば、われわれ両国の友好関係は絶えず前向きに発展することができ、永遠に仲のよい隣人となることができるのであります。
*今日の演説を終えるにあたり、私はかつて早稲田大学で学んだ李大釗の名言を中日両国の青年にはなむけの言葉としてお贈りしたいと思います。「世界の文明と人類の幸福を増進し、吾が青春でもって、青春の人類をうち建てよう」。
*: 1998年11月28日、早稲田大学での講演会にて、演説『歴史を鏡として、未来を切り開こう』を発表した。当時、反対者2名が講演会場内で段幕を挙げ、声高らかにスローガンを叫び、騒ぎを起こした<ref>[https://www.youtube.com/watch?v=tpSznHVhlqk]</ref>
 
===1997年訪米===
====ハワイでウクレレを弾く====
今晩の雰囲気をもっと気軽にするために、私は私たちが1945年、46年大学時代に、よくハワイ・ギターを弾くのが好きだった、当時よく引かれた『アロハ・オエ』という曲を思い出した。私が祝杯する前に、この『アロハ・オエ』という曲を引きに行く、知事夫人が歌ってお願いします!
:: これは1997年10月26日、江澤民主席がハワイにおいて、現場のデモに応じて、緊張な雰囲気を緩和するためにウクレレを演奏した前の発言。<ref>[https://www.youtube.com/watch?v=1yQ5OxOXyi4]</ref>
====ホワイトハウスで記者会見====
*記者:クリントン大統領と達した合意の中で、どの方面が一番重要だと思われますか?<br />
::私たちが両方が共に関心する問題に関して十分に意見を交換した、これは一番重要なことである、私たちが主要な方面で意見の一致をみたとは言える。皆が努力して、世界を繁栄で安定な新しい世紀に向けようと望んでいる。<br />
:記者:江主席、なぜ台湾問題は中米関係においての核心的な問題ですか?<br />
:江:[[:en:w:Three_Communiqués|三つの中米共同コミュニケ]]にはすべて台湾問題という問題を言及した。これは世界中が中華人民共和国の主権問題に関心を持っていることを示している。鄧小平先生が一国二制度の方法に従い台湾問題を解決し、祖国の平和統一を完成すると提案された。これは唯一の正確な方針である。我々も武力を使うのを止めることを承諾しないが、これは決して台湾同胞に立ち向かう訳ではなく、中国の統一を干渉する、又は台独を図る外国勢力に立ち向かうものである。<br />
:江:今回クリントン大統領と会談できて、大きな喜びである。私たちが何度も会って、台湾に関する問題を、将来の共同声明にこれらの問題を明らかに説明しよう。<br />
 
===2002年訪露===
*{{lang|ru|Я помню чудное мгновенье…}}(「私は思い出す、あのひとときの奇蹟を…」)
*{{lang|ru|Великий поэт, национальная гордость!}}(偉い詩人、国の誇り)
 
:: 2002年7月、江沢民は[[w:サンクトペテルブルク|ペテルブルク]]の郊外の[[w:ツァールスコエ・セロー|ツァールスコエ・セロー]]にある[[w:プーシキン|プーシキン]]が在学していたリツェイ(学習院)にてのコメント<ref>{{cite news|title={{lang|ru|Цзян Цзэминь читал Пушкина на русском}}|url=http://www.vesti.ru/doc.html?id=4055}}</ref>
:: <small>詩の出典はプーシキン『愛しき人へ』</small>
 
==談話・取材==
===香港記者を叱る事件===
*記者(張宝華):江主席、董長官の再任について思われますか?
:江:''ええや''。
:記者:中央も彼のことを支持されますか?
:江:そうだよ。もちろん。
:記者:ならどうしてそんなに早く指名なさったんでしょうか?ほかの立候補はいらっしゃいませんか?
 
*記者:[[w:欧州連合|EU]]が最近発表したある報告書によりますと…えっと…北京は特定の手段によって香港の法治に影響し、干与を与えるかもしれません。この報告書についてどう思われますか?
:江:聞いたこともないね。
:記者:[[w:クリストファー・パッテン|パッテン]]氏がおしゃったことですが。
:江:[[w:クリストファー・パッテン|パッテン]]氏がおしゃったから本当のことなのか?君マスコミさんたちは注意したまえ。決して「風吹けば雨」っていう先入観を持ってはいけないよ。こういう情報を手に入れても自分で判断すべきだよ。わかってる?もしこういう…全く[[w:無中生有|無中生有]](ねつ造の意)のことが、君に二度と広けられたら、君たちにも責任があるじゃないか。
*記者:現在こんな早いうちに董長官への支持を公表されたら、董さんを内定や{{ruby|欽点|インテン}}したような気がなさいませんか。
:江:全くそういう意味はない。依然として香港の…基本法、選挙法に基づいて、選出すべき…
:記者:ですが先……
:江:先、尋ねてくれた時に「{{ruby|無可奉告|ノーコメント}}」ってコメントしたら、君たちには気に入らないだろう。じゃどうする?
:記者:では董長官が…
:江:ワシが言ったのは、彼を{{ruby|欽定|キンテイ}}(=欽点)したという意味じゃない。支持す…支持するかどうかを尋ねてくれたら、「ワシは支持する」とはっきり回答してあげる。
:記者:江主席……
:江:君たちはね、ワシは…君マスコミ業界さんたちはまだ学ぶ必要があると思う。西洋の '''value''' にはよく熟れてるね、君たちは。ただし、まだ '''too young''' だ。分かる?言っておくけど、ワシこそこういうことをよく見てきて、身経百戦(百戦錬磨の意)だぞ!ああ、ワシが行ったことない西洋の国はあるか?あっちのマスコミさん…アメリカの[[:en:w:Mike_Wallace|ウォーレス]]さん、君たちよりどれぐらい{{ruby|高|すぐ}}れたかは分からんよ。あっ、ワシは彼と談笑風生(談論風発の意)していたよ。だからマスコミさんは、自分の{{ruby|知的|ツィテキ}}レベルを高めないといけないんだよ。分かってる…''知ってやん''?
:江:えー、ワシも君たちのことを心配していたんだよ、本当に。
:江:君たちは、その……君たちには取り柄が一つある。世界中のどこにも、西洋の記者より走りがずっと速い!しかし、取材で繰り返す質問は '''too simple'''、あっ、'''sometimes naïve'''!知ってた?
:記者:では江主席……
:江:''知ってんやん''?
:(さわぎ)
:記者:せめて董長官を支持なさる理由を聞かせていただけませんか?
:江:すまない。今日は一人の長者(年長者の意)として君たちに教える。ワシはマスコミ業者じゃないが、見過ぎよ。君たちにいくつかの、人生の経験を、教えとく必要がある。
 
*江:先から、ワシはずっと…君たちに会うたびに「悶声大発財」(こっそりと千金を得るという意味)という中国のことわざを言いながら、そのまま黙っていきたかったんだよ。これこそ{{ruby|最高|サイホウ}}だ!しかし、君たちの熱意を感じると、一言も言わずにすんじゃよくもないと思うから、先君はどうしても…もし君たちのニュースに偏りが出てしまったら、責任問われるぞ。ワシは「欽定する」なんて言ってない。少しでもそういう意味がない。しかし、支持…敢えて董長官を支持するかどうかって…わしに尋ねて。支持しない理由はないじゃないか。在任の{{ruby|特首|とくしゅ}}(行政長官の略)、我々が支持しない訳には?
:記者:再選の場合は?
:江:そやろ。
:江:再選しても香港の法律に基づくべきだ。そやろ。香港の…もちろん我々の決定権も大事だ。香港特区…香港特別行政区は中国…中華人民共和国の中央人民政府に属する。まあ、そんとき我々は立場を表明する。
:記者:ですが…
:江:分かるだろう。
 
*江:君たちはなあ、スクープをでっち上げようと思うなよ。「今は既に欽定なさった」とか言って、ワシをさんざん批判しやがって。
:記者:いや、ですが…
:江:君たち、'''naïve'''!
:記者:ですが…
:(警備員:もういいですからいいですから……)
:江:'''I'm angry'''!君たち、こんなんじゃダメだぞ!
:(警備員:これでは皆さん、ご退場お願いします。)
:江:私は今日君たちのご機嫌を損ねたって!
 
:: これは2000年10月27日、当時の香港特別行政区行政長官・董建華と中南海での会見にて、董の再選可能性や董に対する中央政府の態度などについて執拗に尋ねた香港メディアの記者張宝華を数分間にわたって罵倒したことである。<ref>[https://www.youtube.com/watch?v=oSG01RUdUUg]</ref>
 
:: <small>註:この取材では中国語(普通話)・広東語・英語とも含まれている。太字は英語。イタリックは広東語。この翻訳で標準語と違って方言や訛りを真似してみた。</small>
 
==参考来源==
{{wikisource}}
{{Wikipedia|江沢民}}
{{Commons|Jiang Zemin|江澤民}}
{{reflist}}
 
 
[[Category:社会主義者|こ]]
[[Category:中国人|こ]]
[[Category:政治家|こ]]
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