道の栞
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道の栞(みちのしおり)は、出口王仁三郎の著書。明治37年(1904年)に執筆され。
道の栞
[編集]第1節
[編集]- 人は皆神の子なり、神の子たるもの人たるの道を歩むときは、神の助けざる理由なし。
- 23
- 永久に生ける神は、永久の生命を汝等に与ヘ給ふ、心の酒杯を以て生命の清水を酌み取るべし。
- 99
第1巻上
[編集]- 日本と露国と大戦があると、明治三十一年から瑞月の口を借りて、知らして置きたがいよいよ時節が来た、信心なされ世の為めに。
- 45
- 神の教の船に乗るべし。人の口車に乗りて神に背いて罪を重ねな。
- 57
- 八十の手習ひ、神の御道は限りもなし。一足なりと早く歩みて、神の御国に近寄るべし。
遠いようでも、近く、近いようでも遠いは、神の道なり。- 60-61
第1巻中
[編集]- 世界万物を造り給へる神は只独り神。天の御中主之大神と称へ奉る。
天之御中主の神様をつづめて天帝と云ふ亦真神と云ふ。- 1-2
- 此の筆先は、神の内流伝達の教なれば、此世の光である。故に此の文を読みて深く信仰を養ひ、行為を全くせば、盲目も眼の明く力を授かる。
- 74
- 此の筆先は、此の世の助け舟である。誠の生命の綱である。人の霊魂の誠の糧である、此世の宝は此の外になし。此世の続く限りは朽ちぬ宝ぞ。
- 75
第1巻下
[編集]- 肉体は限りあるもの、二百年も三百年も生きらるゝものでなし、例令千年万年生きたりとて、そは限りある生命なり。ましてや人間は百二十歳が定命とは実に夢の如し。この限りある肉体の生命のある中に、霊魂を研き上げて、何時までも限りなき霊の生命の国に到る用意をなさねばならぬ。
- 41
- 神道家の中には、まゝ偏屈人があって云ふ、日本は神国神の在る国、外国は獣類の国、神の無き国である。斯かる言葉は神道家たるものゝ唱ふベき言葉にあらず。世界中神の無き国は無し。太陽の光の届く限りは神あらざるはなし。亦日本人と西洋人とは毛色こそ変れ、表面の色こそ異なれ、同じ天帝の分霊である、同じ高天の原の支配を受くる神の子である。それにも拘はらず日本人は、神の直系の分霊、外国人は獣物と同じ霊などゝ唱ふる神道家は、真理に暗き野蛮人である。
- 51
- 天帝が人種を世界に降し給ふや、黄色い人種もあり、白き人種もあり、黒き人種もあり、赤銅色の人種もあれども、天帝の慈を垂れ給ふ事に於ては、別け隔て無し。皆同じ神の子であるから、何の人種は可愛、何の人種は憎いとの差別を為したまふ道理なし。
- 52
- ヤマトスラブの戦ひは、此世始まりてから又無き様な激しき大戦ひであるが、天帝は何方ヘ勝を与へ給ふぞ。天帝は誠の強き国へ必ず勝を与へ給ふべし。
- 78
- 神は万物普遍の霊にして人は天地経綸の司宰者なり
- 神人合一して茲に無限の権威と実力を発揮す。
- 結論
第2巻上
[編集]- 日西より出で、月日御空より落つる事ありとも、此の教と神の御恵は、朽つる事なし。
- 3
- 神は人民は云ふに及ばず、万の物一切を愛し給へば、世界に神の愛を受けぬものは虫けら一匹ないのである。
- 34
- 世界中の生民二十億。皆天帝の御子なり。善人も神の御子なり。悪人も神の御子なり。数限りなき三千世界の霊魂も亦神の分霊にして、所謂神の御子なり。
- 52
- 天帝の御霊魂を真霊魂と云ふ。真霊魂は不増不減と云ひて、増す事もなく亦減る事もなし。天帝の霊魂は始めもなく終りもなし。
- 60
- 神には百八十一の階級あり。是れ天帝の命じ玉ふ所にして、万劫動かぬ定めなり。
- 80
第2巻中
[編集]- 真如嘗て高熊の山にて教を伝へられたり。教を伝へし神は、言霊彦命なりし。神の御心は厚く深し。我れ先づ彼に救はれたり。我も亦本の教によりて、普く世の人の身と魂を救はんと欲するものなり。
- 13
- 教の底は千尋の海より深く、道の光は太陽に等し。汝等救誓の船に乗りて、波風荒き此世の海原を、安く渡りて神の御国の楽しみを得よ。救誓の船とは、世を救ふ船、世を救ふ船は斯の教なり。
- 14
- 大本の教によりて、限りもなき強き力と生命を得て、所在此世の悪魔と戦ふべし。
- 16
- 肉体の生命に限りあり。百まで生命保つものは稀なり。故に此の世の生命は、仮の生命なり。亡ぶべき生命なり。
- 22
- 大本の教の波止場に尋ね来りて、救誓の船に乗るべし。救誓の船は神の宮居にして、覆る事なし。
- 28
- 肉体は一度、生れて死したる上は、二度と此の世に生るゝ事能はざるものなり。二度生れざる身を持ちながら、浮か浮か此世を過ごすこと勿れ。
- 34
- 食事する間も死の影は襲ひつゝあるなり。時計の針の進む毎に、人の生命は刻々に死ぬるに向つて走りつゝあるなり。死んでから後の準備は豈忽にする事を得んや。信仰なくては現世にも幽世にも立つ事叶はざるなり。
- 99