諸生党

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弘道館諸生の建言書[編集]

 乍恐先君烈公告志篇を著して廣じ士民へ諭し玉ふ。其第一條に忠孝之本意を延させ玉ふ。次に人々天祖東照宮の御恩を報んとて悪く心違ひ、眼前之君父を指置、直に天朝公邊へ忠を盡さんと思はば、却て僭亂の罪遁れ間敷旨を述させ玉ひし事、我藩の臣子たる者、何れも心得可罷在事に候所、近来狂暴の士民等尊皇攘夷之名を借て累代厚恩の君上を指置き、各其身の分限を忘れて天朝の御明德を奉誣、他国浮浪の悪徒をかたらひ、國中無罪の良民を苦め、徳川家御親藩の臣下として妄に将軍家を輕悔し、昇平之至恩を忘れて反亂の大逆を企、無體之暴論ヲ以て數々君上に奉逼、種々の流言を作りて、多く異論の良臣を退け、賄賂を貪り私黨を張り、祖宗之法度を破り士民の禮分を廃し、加之東西に奔走しては公武の御中を奉妨、上下之情を壅塞して君臣の通路を絶ち、其外、の悪行不遑枚擧、是を以て先君烈公の御遺志と稱し、我水國眞の義勇を轉じて虎狼之國となし、貪亂無禮の盗民を集めて忠孝篤實の世臣を用ひず、終には、一國の君臣上下悉く反亂之賊に堕ん事眼前にて、士民之耻辱千載之汚名無此上、君子之身分決て等閑に可相過時節に無之且我々是迄日々弘道館に出入し、文武の業を勤めて以て君上の恩に報せん事を謀る。今此時に當て國之逆臣を除き、賊之横行を制するに非んば、何を以てか地下に烈公に見へ奉らん。依之面々忠憤難黙止、自然一同集會仕上は、共に心を一にし、力を合せ是非黒白を明し、是を天下に明にし、年来之誠心を相達し、眼前君上之御配慮を可奉安、一同の本意に御座候。依て此段申上置候以上。

参考資料[編集]

  • 瀬谷義彦『幕末の宣伝戦』茨城歴史館講座史料