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板垣退助

出典: フリー引用句集『ウィキクォート(Wikiquote)』
板垣退助

板垣退助 (1837年(天保8年)-1919年)

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いたがき たいすけ。江戸末期の志士、明治時代の政治家。

『一代華族論』

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出典:板垣退助 著『一代華族論』,社会政策社,明45.6. 国立国会図書館デジタルコレクション

  • 思ふに自己の勲功に由るにあらずして、偏に父祖の庇蔭によりて、生れながらにして栄爵を授けられ、以て傲然として国民の上流に居るが如きは、少しく智識あり志気あり、且つ独立自尊の心ある者の、自から屑とする能はざる所なるのみならず、後世子孫をして斯の如き精神上の苦痛を受けしむるは、亦た父祖たる者の安んじ得べき所にあらず。若し人の子孫にして、自己の勲功に由るにあらずして猶ほ且つ其栄爵より来る所の名誉を貪らんとするか、若しくは人の父祖にして其子孫の精神上の苦痛を顧みずして、濫りに栄典を私せんとするあらば、斯かる人は既に社会の上流に置くに堪へず、況や之をして国民の儀範たらしむることおや。(35ページ)
  • 思ふに皇族と人民と血族的関係ありて、古より一君万民の制に拠れる我邦に於ては、殊更に中間に華族なるものを設けて、之が藩屏と為すの必要あることなし。皇室にして若し藩屏を要すとせば、五千万同胞は悉く之が藩屏たらんのみ。(40ページ)

板垣退助に誤って帰せられる言葉

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板垣死すとも自由は死せず(岐阜事件
  • 板垣死すとも自由は死せず。
    岐阜市で演説中、暴漢に刺された時にこう叫んだとされている。実際にはジャーナリスト小室案外堂の演説の題名「板垣死ストモ自由ハ亡ビズ」が板垣の発言として広まったもの。