空也

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六波羅蜜寺空也上人像

空也 (延喜3年(903年) - 天禄3年9月11日(972年10月20日))[編集]

くうや(又は こうや)。日本の平安時代中期の僧侶。

帰着されるもの[編集]

『空也上人絵詞伝』[編集]

  • 山川の末(さき)に流るる橡殻(とちがら)も 身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ

『選集抄』西行[編集]

  • むかし空也上人へある人念佛はいかが申(まを)すべきやと問(とひ)ければ、「捨ててこそ」とばかりにてなにとも仰(おほせ)られず。

『一遍上人語録』「門人伝説」[編集]

  • 上人しやうにん(一遍上人)くう上人しやうにん吾先達わがせんだつなりとて、かの御詞おんことばこころにそめて、くちずさびたまひき。くう御詞おんことばいはく
こころ所緣しよえんければくるるにしたがつてみ、所住しよぢうければあくるにしたがつてる。忍辱にんにくあつくして杖木ぢやうもく瓦石ぐわしやくいためず、慈悲じひしつふかくして、罵詈めりばうきかず。くちしんじて三昧さんまいちう道場だうぢやうなり。こゑしたがつて見佛けんぶつ息精そくしやうそく念珠ねんじゆたり。夜夜よなよなほとけ來迎らいがうち、朝朝あさなあさな最後さいごちかづくとよろこぶ。三業さんごふ天運てんうんまかせて、四儀しぎだいゆづる。』
またいはく、『もとしゆりやうして身心しんじんつかる。くうぜんしゆしてまうおほし。どく境界きやうかいきにかず。稱名しようみやうばんなげうつにかず。間居かんきよいんひんたのしみし、禪觀ぜんくわん幽室ゆうしつじやうともとなす。とうきん淨服じやうぶくにしてもとやすさら盜賊たうぞくおそれし。』