高市皇子

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高市皇子(たけちのみこ 654年 - 696年)は日本の古代の皇族。天武天皇の第一皇子。子に長屋王、鈴鹿王など。

出典の確かな引用[編集]

万葉集[編集]

  • みもろの神の神杉已具耳矣自得見監乍共寝ねぬ夜ぞ多き
    三諸之 神之神須疑 已具耳矣自得見監乍共 不寝夜叙多 -- 萬葉集 2巻156
  • 神山の山邊真蘇木綿みじか木綿かくのみ故に長くと思ひき
    神山之 山邊真蘇木綿 短木綿 如此耳故尓 長等思伎 -- 萬葉集 2巻157
  • 山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく
    山振之 立儀足 山清水 酌尓雖行 道之白鳴 -- 萬葉集 2巻158

高市皇子に関する引用[編集]

柿本人麻呂による挽歌[編集]

萬葉集巻第二

高市皇子の城上の殯宮の時に、柿本朝臣人麻呂の作る歌一首 并せて短歌

かけまくも ゆゆしきかも言はまくも あやに畏き 明日香の 真神の原に ひさかたの 天つ御門を 畏くも 定めたまひて 神さぶと 磐隠ります やすみしし 我が大君の きこしめす 背面の国の 真木立つ 不破山超えて 高麗剣 和射見が原の 仮宮に 天降りいまして 天の下 治めたまひ 食す国を 定めたまふと 鶏が鳴く 東の国の 御いくさを 召したまひて ちはやぶる 人を和せと 奉ろはぬ 国を治めと 皇子ながら 任したまへば 大御身に 大刀取り佩かし 大御手に 弓取り持たし 御軍士を 率ひたまひ 整ふる 鼓の音は 雷の 声と聞くまで 吹き鳴せる 小角の音も敵見たる 虎か吼ゆると 諸人の おびゆるまでに ささげたる 幡の靡きは 冬こもり 春さり来れば 野ごとに つきてある火の風の共 靡くがごとく 取り持てる 弓弭の騒き み雪降る 冬の林に つむじかも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの恐く 引き放つ 矢の繁けく 大雪の 乱れて来れ まつろはず 立ち向ひしも 露霜の 消なば消ぬべく 行く鳥の 争ふはしに 渡会の 斎きの宮ゆ 神風に い吹き惑はし 天雲を 日の目も見せず 常闇に 覆ひ賜ひて 定めてし 瑞穂の国を 神ながら 太敷きまして やすみしし 我が大君の 天の下 申したまへば 万代に しかしもあらむと 木綿花の 栄ゆるときに 我が大君 皇子の御門を 神宮に 装ひまつりて 使はしし 御門の人も 白栲の 麻衣着て 埴安の 御門の原に あかねさす 日のことごと 獣じもの い匍ひ伏しつつ ぬばたまの 夕になれば 大殿を 振り放け見つつ 鶉なす い匍ひ廻り 侍へど 侍ひえねば 春鳥の さまよひぬれば 嘆きも いまだ過ぎぬに 思ひも いまだ尽きねば 言さへく 百済の原ゆ 神葬り 葬りいまして あさもよし 城上の宮を 常宮と 高く奉りて 神ながら 鎮まりましぬ しかれども 我が大君の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具山の宮 万代に 過ぎむと思へや 天のごと 振り放け見つつ 玉たすき 懸けて偲はむ 畏かれども

短歌二首

  • ひさかたの 天知らしぬる 君ゆゑに 日月も知らず 恋ひわたるかも
  • 埴安の 池の堤の 隠沼の 行方を知らに 舎人は惑ふ

或書の反歌一首

  • 泣沢の 神社に神酒すゑ 祷祈れども わが大王は 高日知らしぬ

右の一首は、類聚歌林に曰く、檜隈女王、泣澤の神社を怨める歌なり。 日本紀に案るに曰く、十年丙申秋七月辛丑朔庚戌、後皇子尊薨せり。

外部リンク[編集]

Wikipedia
ウィキペディアにも高市皇子の記事があります。