大江匡房

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大江匡房

大江匡房(おおえ の まさふさ、1041年‐1111年)は、平安時代後期の日本の公卿、儒学者、歌人。大学頭・大江成衡の子。官位は正二位・権中納言、権太宰帥。江帥ごうのそつと号す。藤原伊房・藤原為房とともに白河朝の「三房」と称された。小倉百人一首では前中納言匡房大江匡衡赤染衛門は曽祖父母。

引用[編集]

  • 氷ゐし志賀の唐崎うちとけてさざ波よする春風ぞ吹く
    • 『詞花和歌集』巻頭歌。
  • 白雲と見ゆるにしるしみよしのの吉野の山の花ざかりかも
    • 『詞花和歌集』収録。
  • 高砂のをのへの桜さきにけり外山の霞たたずもあらなん
    • 『後拾遺和歌集』『小倉百人一首』収録。
  • かりそめのうきよの闇をかき分けてうらやましくもいづる月かな
    • 『詞花和歌集』収録。
    • 詞書「周防内侍尼になりぬと聞きて、いひつかはしける」。