赤染衛門

出典: フリー引用句集『ウィキクォート(Wikiquote)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
赤染衛門 『前賢故実』より

赤染衛門(あかぞめえもん、956年頃 - 1041年以後)は、平安時代中期の日本の女性歌人、物語作家。大隅守赤染時用の娘だが実父は平兼盛との説もある。夫は丹後守・文章博士大江匡衡源雅信邸に出仕し、雅信女で藤原道長の正妻となった源倫子とその娘の一条天皇中宮藤原彰子に仕えた。紫式部和泉式部清少納言伊勢大輔等とも親交があった。著作に『栄花物語』がある。

引用[編集]

  • やすらはで寝なましものをさ夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな
    • 『後拾遺和歌集』『小倉百人一首』収録。
    • 姉妹のもとに通っていた藤原道隆が訪れなかったため、姉妹の為、和歌を代作した。
  • 代わらむと祈る命はをしからでさてもわかれんことぞ悲しき
    • 『詞花和歌集』収録。

赤染衛門に関する引用[編集]

  • 丹後のかみの北の方をば、宮、殿などのわたりには、まさひら衛門とぞいひ侍る。殊にやんごとなき程ならねど、まことにゆゑゆゑしく、歌よみとてよろづのことにつけてよみちらさねど、聞えたるかぎりは、はかなき折ふしのことも、それこそはづかしきくちつきに侍れ。ややもせば、こしはなれぬばかりをれかかりたるうたをよみいで、えもいはぬよしばみごとしても、われかしこにおもひたる人、にくくも、いとほしくも、おぼえ侍るわざなり。--紫式部『紫式部日記』[1]

注釈[編集]

  1. 塙保己一 (1931-1937). “群書類従 : 新校. 第十四巻”. 紫式部日記. 内外書籍. 2015年11月29日閲覧。p.505、コマ番号283。

外部リンク[編集]

Wikipedia
ウィキペディアにも赤染衛門の記事があります。