薄田泣菫
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薄田泣菫(1877年 - 1945年)は日本の詩人、随筆家。
『白羊宮』(1906年)
[編集]「ああ大和にしあらましかば」
[編集]- ああ、大和にしあらましかば、
いま神無月、
うは葉散り透く神無備 の森の小路を、
あかつき露に髪ぬれて往きこそかよへ、
斑鳩へ。 - 日は木がくれて、諸とびら
ゆるにきしめく夢殿の夕庭寒に、
そそ走りゆく乾反葉 の白膠木 、榎 、名こそあれ、葉広 菩提樹、 - ああ大和にしあらましかば、
今日神無月、
日のゆふべ、聖 ごころの暫しをも、
知らましを、身に。- 吉田精一はこの詩の発想はロバート・ブラウニングの "Home-thought from abroad"に暗示を得たものとしている(吉田精一『日本近代詩鑑賞 明治篇』)。ただし吉田は、現在のイングランドを思うブラウニングに対して天平の古都を追想、空想する泣菫は作為において隔たるとも指摘する。
「望郷の歌」
[編集]- わが
故郷 は、日の光蝉の小河にうはぬるみ、在木 の枝に色鳥の咏 声する日ながさを、
物詣する都女 の歩みものうき彼岸会や、
桂をとめは河しもに梁誇りする鮎汲みて、小網 の雫に清酒 の香をか嗅ぐらむ春 日なか、
櫂の音 ゆるに漕ぎかへる山桜会 の若人が、
瑞木のかげの恋語り,壬生狂言の歌舞伎子が
技の手振の戯 ばみに、笑み広ごりて興じ合う
かなたへ、君といざかへらまし。
その他
[編集]- こよひ花野の夕づくよ
君待ちくらす心地して
月映(つきばえ)あかり面(おも)はゆき
すゞろ心の胸のときめき。--「待ごころ」