大伴家持

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中納言家持

大伴家持 (718年頃 - 785年10月5日)[編集]

おおとものやかもち、奈良時代の日本の政治家、歌人。大伴旅人は父。

和歌[編集]

万葉集[編集]

  • 我が宿の花橘ほととぎす今こそ鳴かめ友に逢へる時
    我屋戸前乃 花橘尓 霍公鳥 今社鳴米 友尓相流時 -- 巻八・1481
  • 東(あゆ)の風いたく吹くらし奈呉の海人の釣する小舟漕ぎ隠る見ゆ--巻十七・4017
  • 湊風寒く吹くらし奈呉の江につま呼びかはし鶴多(さは)に鳴く--巻十七・4018
  • 珠州の海に朝開きして漕ぎ来れば長浜の浦に照りにけり
    珠洲能宇美爾 安佐妣良伎之弖 許藝久礼婆 奈我波麻能宇良爾 都奇底理爾家里--巻十七・4029
  • の苑紅にほふの花下照る道に出で立つをとめ
    春苑 紅爾保布 桃花 下照道爾 出立嬬--巻十九・4139
  • 藤波の影成す海の底清み沈(しづ)く石をも玉とそ我が見る--巻十九・4199
  • 春の野に霞みたなびきうら悲しこの夕影に鶯鳴くも
    我が屋戸のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも
    うらうらに照れる春日に雲雀上がり情(こころ)悲しも独りし思へば
    春野尓 霞多奈伎 宇良悲 許能暮影尓 鴬奈久母
    和我屋度能 伊佐左村竹 布久風能 於等能可蘇氣伎 許能由布敝可母
    宇良宇良爾 照流春日爾 比婆理安我里 情悲毛 比登里志於母倍婆 -- 『万葉集』巻十九・4290〜4292、「春愁三首」。
  • 大刀いよいよ研ぐべし古(いにしへ)ゆ清(さや)けく負ひて来にしその名そ
    都流藝多知 伊与餘刀具倍之 伊尒之敝由 佐夜氣久於比弖 伎尒之曾乃名曾--巻二十・4467
  • 新しき年の始の初春の今日降る雪のいや重け壽詞
    新年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其謄--巻二十
    万葉集巻末の歌。

帰せられるもの[編集]

  • 御食つ国志摩の海人ならし真熊野の小舟に乗りて沖へ漕ぐを見ゆ
御食國 志麻乃海部有之 真熊野之 小船尓乘而 奥部榜所見

その他[編集]

  • かささぎのわたせる橋におく霜のしろきをみればよはふけにけり
    『家持集』。
    • 別伝:かささぎのわたせる橋におくのしろきをみればぞふけにける
『新古今和歌集』。『小倉百人一首』にもこの形で見える。

外部リンク[編集]

大伴家持全集 本文編

Wikipedia
ウィキペディアにも大伴家持の記事があります。