「桑名」の版間の差分
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*:[[民謡]]『桑名の殿様』 |
*:[[民謡]]『桑名の殿様』 |
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*桑名の夜は暗かつた<br />蛙がコロコロ鳴いてゐた<br />夜更の駅には駅長が<br />綺麗な砂利を敷き詰めた<br />プラットホームに只独り<br />ランプを持つて立つてゐた<br /><br />桑名の夜は暗かつた<br />蛙がコロコロ泣いてゐた<br /><br />焼蛤貝(やきはまぐり)の桑名とは<br />此処のことかと思つたから<br />駅長さんに訊ねたら<br />さうだと云つて笑つてた<br /><br />桑名の夜は暗かつた<br />蛙がコロコロ鳴いてゐた<br />大雨の、霽 |
*桑名の夜は暗かつた<br />蛙(かへる)がコロコロ鳴いてゐた<br />夜更の駅には駅長が<br />綺麗な砂利を敷き詰めた<br />プラットホームに只(ただ)独り<br />ランプを持つて立つてゐた<br /><br />桑名の夜は暗かつた<br />蛙がコロコロ泣いてゐた<br /><br />焼蛤貝(やきはまぐり)の桑名とは<br />此処(ここ)のことかと思つたから<br />駅長さんに訊(たづ)ねたら<br />さうだと云つて笑つてた<br /><br />桑名の夜は暗かつた<br />蛙がコロコロ鳴いてゐた<br />大雨(おおあめ)の、霽(あが)つたばかりのその夜(よる)は<br />風もなければ暗かつた |
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*:「此の夜、上京の途なりしが、京都大阪間不通のため、臨時関西線を運転す」 |
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*:[[中原中也]]『桑名の驛(桑名の駅)』 |
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*:「桑名の'''駅'''は暗かつた(「桑名の'''駅'''は暗かった」)」とするのは、世間に広まった誤り。 |
*::[[中原中也]]『桑名の駅(桑名の驛)』(1935年8月12日) |
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*::「桑名の'''駅'''は暗かつた(「桑名の'''駅'''は暗かった」)」とするのは、世間に広まった誤り。 |
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*その手は桑名の焼き蛤 |
*その手は桑名の焼き蛤 |
2008年11月4日 (火) 10:31時点における版
桑名(くわな)に関する引用句集。(桑名藩、桑名宿、多度大社、長島藩など、現在の三重県桑名市およびその近辺に相当する地域。)
桑名
- 桑名の殿様 時雨で 茶々漬け
- 民謡『桑名の殿様』
- 桑名の夜は暗かつた
蛙(かへる)がコロコロ鳴いてゐた
夜更の駅には駅長が
綺麗な砂利を敷き詰めた
プラットホームに只(ただ)独り
ランプを持つて立つてゐた
桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ泣いてゐた
焼蛤貝(やきはまぐり)の桑名とは
此処(ここ)のことかと思つたから
駅長さんに訊(たづ)ねたら
さうだと云つて笑つてた
桑名の夜は暗かつた
蛙がコロコロ鳴いてゐた
大雨(おおあめ)の、霽(あが)つたばかりのその夜(よる)は
風もなければ暗かつた- 「此の夜、上京の途なりしが、京都大阪間不通のため、臨時関西線を運転す」
- 中原中也『桑名の駅(桑名の驛)』(1935年8月12日)
- 「桑名の駅は暗かつた(「桑名の駅は暗かった」)」とするのは、世間に広まった誤り。
- 「此の夜、上京の途なりしが、京都大阪間不通のため、臨時関西線を運転す」
- その手は桑名の焼き蛤
- 地口
- 「その手は喰わない」と「桑名の(名物の)焼き蛤」を掛けたもので、「その手にはひっかからない」ことを意味する。
- 勢州桑名に過ぎたるものは銅の鳥居に二朱女郎
勢州桑名で名高いものは銅(かね)の鳥居に二朱女郎- 俚謡
- 現代語訳 - 桑名には、(桑名宗社(春日神社)の)青銅鳥居や(地方としては比較的)高級な女郎(のいる遊郭)があるが、これらは桑名につりあわないほど立派なものである。
- 桑名本統寺にて
- 冬牡丹千鳥よ雪のほととぎす
- 松尾芭蕉『野ざらし紀行』
- 冬牡丹千鳥よ雪のほととぎす
- 草の枕に寝あきて、まだほの暗きうちに浜のかたに出て、
- 明ぼのやしら魚白きこと一寸
- 松尾芭蕉『野ざらし紀行』
- 明ぼのやしら魚白きこと一寸
- あまおふねのりのみ声にはまぐりは貝の耳にもとめてしのばむ
- 黒沢行業(なりゆき)
- 専正寺(桑名市今中町)にある蛤墳(こうふん)の碑文の狂歌。(文政6年)
- 黒沢行業(なりゆき)
- 享保七年巳の春、岱山(たいざん)老人と一夜の名残をおしむ
- 蛤の くはなや逢ふは 別れかな
- 旅人を茶屋の暖簾に招かせてのぼりくだりをまち屋川かな
- 十返舎一九『東海道中膝栗毛』五編上
- 「姉さん、ここは約束通り、焼蛤(やきはまぐり)が名物だの。」
「そのな、焼蛤は、今も町はずれの葦簀張(よしずばり)なんぞでいたします。やっぱり松毬(まつかさ)で焼きませぬと美味(おいし)うござりませんで、当家(うち)では蒸したのを差上げます、味淋(みりん)入れて味美(あじよ)う蒸します。」
- 万古の焼と蛤に 其名知られし桑名町 日も長島の西東 揖斐と木曽との川長し
- 鉄道唱歌 関西・参宮・南海編 18番
- 春風かおる菜花の 伊勢路の旅のうららかさ 桑名祭は鉦太鼓 石採神事の賑わしさ
- 新鉄道唱歌 日本放送協会編 伊勢路編 1番
- わたくしたち桑名市民は,永い伝統と豊かな人情に恵まれてきました。
これからも桑名に住んでいることを誇りとする都市にするため,つぎのことを日常生活の「こころがまえ」と定め,たゆまぬ努力をつづけましょう。
1 自然を愛し,明るい郷土をつくりましょう。
1 互いにたすけ合い,住みよい社会をつくりましょう。
1 教養をふかめ,文化の高いまちをつくりましょう。
1 健康につとめ,しあわせな家庭をつくりましょう。
1 産業をのばし,豊かな都市をつくりましょう。- 桑名市民憲章(1977年4月1日制定[2]。2004年12月6日、旧桑名市、桑名郡多度町及び長島町の対等合併により失効。)
多度
- お伊勢参らばお多度もかけよ、お多度かけねば片参り
伊勢に詣らば多度をもかけ。お多度詣らにゃ片詣り。- 俗謡
- お多度は桑名市多度町の多度大社を指す。
- 宮人よ我名を散らせ落葉川
- 松尾芭蕉『笈日記』
- 芭蕉が多度大社へ参詣した際に詠んだ句。
長島
- うき我をさひしからせよ秋の寺
- 大智院(桑名市長島町)で松尾芭蕉が詠んだ挨拶句
- 『嵯峨日記』の「うき我をさひしからせよ閑古鳥」の初案
関連項目
脚注
- ↑ 泉鏡花『歌行燈』青空文庫
- ↑ 「三重県」(全国の都市の憲章) 財団法人あしたの日本を創る協会