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寂蓮

出典: フリー引用句集『ウィキクォート(Wikiquote)』

寂蓮(じゃくれん、1139年(保延5年)? - 1202年8月9日(建仁2年7月20日)は日本の平安後期・鎌倉初期の僧侶、歌人。俗名は藤原定長。

俊海の子として生まれ、1150年(久安6年)頃叔父である藤原俊成の養子となり、長じて従五位下中務少輔となる。しかし、俊成に実子定家が生まれたことから、それを機に30歳代で出家、歌道に精進した。

新古今和歌集の選者となるが、完成を待たず没した。

出典の明らかなもの

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  • 尾上より門にかよふに稲葉をわたるさを鹿の声
    • 『千載和歌集』収録。 
  • さびしさはその色としもなかりけり立つ山の秋の夕暮
    • 『新古今和歌集』秋上・361。
    • 西行の「さびしさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮」、藤原定家の「見渡せば花ももみぢもなかりけり浦のとまやの秋の夕暮」と並び三夕の歌としてもてはやされる。
  • 村雨のもまだひぬまきの葉に立ちのぼる秋の夕暮
  • 紫の雲路にさそふ琴の音にうき世をはらふ嶺の松風
    • 『新古今和歌集』収録。詞書「摂政太政大臣家百首歌に、十楽の心をよみ侍りけるに、聖衆来迎楽」。
    • 十楽とは極楽にある十の快楽、聖衆来迎(しょうじゅう)とは阿弥陀仏と諸菩薩が紫雲に乗って往生者を迎えに来るという信仰をいう。

寂蓮についての引用

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  • 寂蓮は、なほざりならず歌詠みしものなり。 --後鳥羽院『後鳥羽院御口伝』

外部リンク

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Wikipedia
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ウィキペディアにも寂蓮の記事があります。